大判例

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東京高等裁判所 昭和51年(行ス)7号 決定

三 本件疎明資料を総合すると、次のような事実を一応認めることができる。

(一) 抗告人は昭和四一年三月慈恵会医科大学を卒業し、昭和四二年に医師国家試験に合格し、同大学精神神経科教室に入局し、昭和四六年五月から昭和四七年五月まで沖縄精和病院に精神科医として勤務した後、かねてより私淑していた近藤喬一医師を慕って同人が神経科医長として勤務していた町田市立市民病院(当時は町田市立中央病院)に勤務することを希望し、昭和四七年六月から一年間国立国府台病院に勤務してそれまで不足していた神経学の知識・技術の習得に努めた上で、昭和四八年七月に希望どおり町田市に採用され、爾来市民病院神経科の医師として、近藤医長とともに外来及び入院患者の診療に従事して来た。なお、同病院神経科の常勤医師は右二名のみであり、本件処分後も後任常勤医師の採用はされていない。

(二) 昭和五〇年三月、抗告人らが中心となって、従来の医局会に代るべき医師の組織体として、院長・副院長・診療部長を除く全常勤医師の参加を得て医師評議会を結成し、抗告人はその議長に選ばれて、同会を代表する立場になった。

その頃から、同病院では産婦人科医長の更迭問題、ついで市職員組合病院支部による同医長排斥運動等が起きて紛争が続いたが、抗告人は、医師評議会の代表者として、職員組合のとった行動の行き過ぎに対する堀江院長の処置が妥当でないと非難し、同年五月中頃以降、繰り返して同院長の管理能力の欠如をとなえ、評議会の意思として院長の不信任を表明し、同院長との対立状態が続いた。

(三) 同年九月一三日付をもって、前記のとおり、抗告人に市民病院から市民部への配転を命ずる本件処分の発令があったが、右発令は、抗告人にも近藤医長にも何らの連絡もなく、突如なされた。そして、抗告人の配転先として予定された市民部健康課は、保健医療業務の一本化・市民に対する保健指導の充実等をはかる名目で同年四月の町田市組織規則改正により新設されたものであるが、医師(とくに神経科医師)の配置を必要とするような事業計画も実績もなかった。かかる状況下で本件処分が突如なされるに至った主たる理由は、市民部の事業強化の要請というよりは、院長の不信任をとなえ、実質的ボイコットの動きをした医師評議会の代表者たる抗告人を病院の職場から排除して管理体制を強化することにあることは、何人の目にも明らかなところであった。(相手方も、原審で提出した意見書において、本件処分が、懲戒処分を差し控えて穏当な方法としてなされた措置であることを認めている。)

(四) 抗告人は、右のような目的で発せられた本件処分によって、年来希望していたところである市民病院の神経科臨床医としての職務から遮断され、診療行為をとおして臨床医としての研鑽・経験を積む機会を相当長期間にわたって喪失することには到底耐えられないとして、そのこと自体の当否は別として、本件処分後も市民病院にとどまって診療行為を続け、本件処分の効力の停止を強く希望しており、近藤医長以下、常勤医師の大多数が、抗告人を支援する態度をとっている。

四 一般には、公務員が不当な配置転換命令を受けた場合でも、一応は命じられたところに従った上で、配置転換命令の当否を争い、本案判決による当該処分の取消を得た上で原職に復帰するのが、本来とるべき筋道であり、処分に一応従うことに伴う精神的苦痛や現在の職場における経験の畜積を中断される不利益を理由に、回復困難な損害を被るものとして処分の効力の停止を求めることは、行政処分につき執行不停止の原則をとる法の建前にかんがみ、直ちには許されないところというべきである。

しかし、さきに認定したような本件の事実関係のもとにおいては、すぐれた神経科の臨床医たることを生涯の目的として、これまで勉学・研鑚を続けて来た者と目され、かつ現に市民病院において診療にあたり、経験を重ねうる業務についていた抗告人に対し、前叙のような抗告人が医師評議会の代表としてとった行動に対する対抗処置である意味合いの濃い本件処分に一応従って、臨床の場を去り、業務の具体的内容についての見通しすら立てがたい市民部への勤務につくことを敢えて求めることは、抗告人の職種(診療行為を通して経験を蓄積しようとすることは、臨床医一般の当然の希望として、可及的に尊重されるべきである。)と本件処分の内容から認められる特殊事情にかんがみ、社会通念上認容されるべき受忍の限度を超える苦痛を強い、実行の到底期待しがたい要請であるといわざるをえず、さりとて、抗告人が本件処分を無視した現在の勤務状態を今後とも続けうべきものでないことは明らかであるから、結局、本案判決の確定に至るまで放置するときは、抗告人をして、臨床医としての勤務場所を他に求めるため、遠からず職を辞することを余儀なくさせるに至るものと推測するに難くなく、かくては、本案訴訟を維持して本件処分の当否を争う資格をも抗告人に失なわせ、前叙のように抗告人に対する一種の制裁的処分たる性質を帯有することの否み難い本件処分の取消を得て、右処分によって被った精神的苦痛を回復するとともに、抗告人の希望している原職に復帰する途を、終局的にとざすことにならざるをえない。

してみると、本件処分の効力の停止が与えられないときは、抗告人が回復することの困難な損害を被ることは明らかであるから(この損害は、抗告人が他に臨床医としての職場を求めえたからといって直ちに償いうるものではない。)、本件処分の効力を停止する緊急の必要があるものといってよく、なお、記録を精査しても、本件処分の効力を停止することが公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることを認めるに足りる資料はなく、また、本件が本案につき理由がないとみえるときに該るものともいえない。

(室伏 横山 三井)

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